2011年3月8日火曜日

天使の伝言 1 (タイの日常生活)

 私がタイに来て、最初に買った電気製品は洗濯機でした。 暑い国ですから、1日に何度も着替えます。 毎日洗わなくとも、週2〜3回は洗濯するだろうからと、一人暮らしにはちょっと大きめのSamsung製 5.2㎏ を買いました。 当時タイは2槽式が幅をきかせていましたが、中流層にも全自動が普及し初めていたので家電売場では全自動洗濯機が目玉商品でした。 人気メーカーは Sharp でしたが、4.5㎏ で 3,000バーツ(約1万円)程高かった為に、Samsung製にしました。 思った通りで、週2回は洗濯しましたし、ベッドシーツなどもまとめて洗えました。 スニーカーを突っ込んで洗う事も出来ましたから、よく働いたと思います。 5年ほど使った時に、1度壊れてしまい、型が古くてパーツが取り寄せられないと言われたので、自分でドリルで穴を開け、皿彫りしてステンレスの皿ビスで固定して使っていました。

 それから更に5年経ち、今年に入ってから、排水が悪くなってきました。 水量が「高」だと「洗い」が終わり、「すすぎ」に移るための「排水」が行われずに、カラカラと小さい音が暫く続き、最後に「エラー」を出すのです。 仕方なく、水量を「中」にして、こまめに洗濯していました。 販売店なら近所にありますが、修理を頼めば間違いなく新品を売りつけられます。 5年前に「修理屋」から、買い換えた方がいいよと言われたのですから。 10年も使ったのだから、そろそろ買い換えても良いのですが、数ヶ月後に派遣先の会社から解約されることがほぼ確定的な今、引っ越しの手間を考えると、あと数ヶ月誤魔化しながらでも使いたいのです。 普通、程度の差こそあれ、何処の町にも修理屋があるものですが、私が住む寮の近くにはそれらしい店がありません。 社員食堂のコックに尋ねると、工場のメインテナンス課が修理してくれるというので、頼む事にしました。 会社の洗濯機も良く修理しているそうです。 3月1日(火)、部屋まで来て修理して貰う事になりました。

 仕事を終え、部屋で待っていたのですが、職人はなかなかやって来ません。 忘れている可能性もあり、その際は明日以降になります。 それくらい大まかに構えていないと、この国ではやっていけません。 6時半近くになって、部屋をノックする音が聞こえました。 メインテナンス課の職人です。 早速、修理して貰う事にしました。 症状を説明すると、

 「あ〜、暫く分解清掃していないでしょう。 多分詰まっているから、裏蓋外して、分解清掃してみますよ。」

 そう言って彼は裏に回りました。 裏蓋はプラスティックで出来ていてます。

 「裏蓋が駄目になっていますね。 Sumsung は、プラスティックの部品が持たないですからね。 Sharp だったら、10年使ってもしっかりしていますよ。」

 ビスの周りのブラスチックにはひびが入っており、裏蓋のビスを外す度に細かく割れて落ちてゆきます。

 「もう、寿命ですね。」

 そう言いながら、1つ1つのビスを外してゆきました。 ですがビスは全部はずれたのに、裏蓋がすんなり外れません。 錆で引っかかっているみたいです。 指を突っ込んで外そうとすると、裏蓋の一部が大きく割れました。 指が楽に入るようになったので、今度はそこを掴んで裏蓋を外しました。 錆で引っかかっている部分が音を立てて割れ、下に落ちました。 彼は洗濯槽下部に手を当て、部品を外そうとしています。

 「ウワ〜、固い。 接着剤がしっかり付いていて外れないや。」

 そう言ってもう一度引っ張りました。 でも外れないようです。 そして首を傾げながら腰を入れて体勢を整え、再度洗濯槽下部に手を入れ、力を込めて引っ張りました。


 バキッ!


 嫌な音が響きました。

 「駄目だ、外れない。 ちょっと、水を入れてみて貰えますか?」

 水栓を開き、水を入れると、ホースと繫がっている部品からジャージャーと水が漏れています。


 

 「やっぱり駄目だ。 壊れていますね。

 

 「いや、それは壊れているんじゃなくて『壊した』んじゃないの?


 

 「ええ、残念です。


 

 彼はそう言うと、後片付けを始めました。


 

 彼はきっと「天使」なのだと思いました。
 



 私に「そろそろ買い換えた方がいいよ。」と伝えに来たに違いありません。
 

 寿命が来た洗濯機をいつまでも直して使おうとすると、修理代と手間ばかりかかり、返って不経済な事を私に解らせる為の、天からの使者なのです。
 


 有難う御座います。 あなたのお導きでこうして諦める事ができました。






 済みませんでした。


 

 天からの使者は、深々と頭を下げながらそう言いました。 


 そして、使命を果たした「天使」は、足早に私の部屋を出て行きました。




 


 私の周りには、こんな「天使」がたくさんいます。

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