ところがその日、カラカウア通りにはいつものように客を取っている女性はいませんでした。 そして、数少ない出勤者である「前座」クラスは、いつもと違って強気に出て、値下げに全く応じません。 ライバルがほとんどいないので突然「真打ち」になってしまい、プライドも急に高くなったみたいです。
「駄目だよ、全然値下げしやしない。 ダウンタウンへ行こうぜ。」
「え、他にもあるの?」
「ああ、ここの半額程度だよ。 ここは観光客相手だから高いんだ。」
「半値? じゃあ、そっちへ行こう!」
ダウンタウンへ向かう途中、あれこれと聞いてみると、彼はカラカウア通りで遊んだ事はないそうです。 私があんまり「カラカウア通り」と口にするから来ただけで、遊ぶとしたらダウンタウンなのだそうですが、今の彼女ができてからはずっと足が遠のいてしまったそうです。
「へ~、じゃあ、今の彼女はすごくきれいなんだろ?」
そう尋ねると、
「”心” がきれいだ」
とだけ言って苦笑いしていたので、それ以上彼女の話はしませんでした。
カラカウア通りと違い、ダウンタウンは薄暗い所でした。 そして車は同じようなところをぐるぐるしているような気がします。
「道にでも迷ったの?」
「いや、いないんだよ。」
「え、何で?」
「分からない、あ、いたいた、あそこだよ。」
そう言うと車をゆっくりと走らせ、歩道の角に立っている女性に近付きました。 しかし見習い職人は、そのまま車を停めずに素通りさせました。 私も彼の判断は適切だと思いました。 いくら半値でも、あれじゃいけません。 何故彼女が明るいカラカウア通りで働かないのかも理解できました。 薄暗いダウンタウンで、移動中の車でも一瞬で判断可能なのです。 余計なお世話かも知れませんが、あまりこの商売に向いていないなと思いました。
「あ、もう1人いた。 今度はどうだろう?」
そう言いながらさっきのようにゆっくりと車を近づけました。 そして、今回も車は素通りです。
「今日は不作だ。」
そう言われた時、私は白土三平の「カムイ伝」を思い出しました。 江戸時代、士農工商の身分差別政策の中、小作人ダンズリの息子として生まれた「正助」は、当時御法度だった文字を覚え、学問を学び、農業改革を推し進めてゆきます。 数々の苦難を乗り越え、商品価値の高い綿花の栽培などを成功させた正助ですが、不作には勝てず1度は「村抜け」をします。 自然の偉大さの前には、人間なんてちっぽけな存在に過ぎないのです。 折角、「三種の神器」との思い出作りができると思ったのに・・・と落胆する自分の姿が、その正助とダブったのです。
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