2011年3月7日月曜日

爪が黒い (トラウマ)

 翌日、一緒に喫茶店に行った女性がトレーニングを終えて帰ると、

 「昨日はどうだったんだ?」

 とK.A.先生が尋ねてきました。 どうだったのかと言われても、話しかけてきた事に答えているうちにお店が閉店の時間になったので、駅まで送っただけでしたし、ありきたりの世間話をしただけだったので、何を話したのかもあまりよく覚えていませんでした。 別に私は無口な訳ではなく、JA研究所のトレーニングでもK.A.先生の講演会でも、私は結構話をしていました。 所が一旦「女性」として意識してしまうと、途端に話が出来なくなるようです。 そんな自分の性格をはっきりと意識し出したのもこの頃です。

 呆れた顔をしながら、K.A.先生は昨日ちょっとだけ触れた「超えなきゃならない大きな壁」について話して下さいました。 要は男にとっても女にとっても、「異性」の存在が如何に大事な存在であるかでした。 落ち込みそうになったり、くじけそうになったとき、「この人の為に」と思えるか思えないか、そんな対象がいるかいないかは「乗り越えられる壁」の高さに最も大きな影響を及ぼすのだそうです。 さらに、成長する時にはその勢いも付くし、スランプ等からの回復も早いそうです。 仕事がが出来る人は意識的にか無意識かに拘わらず、こういった面で自分をコントロール出来ている。 付き合う付き合わないに拘わらず、気楽に食事をしたり話をしたり出来る関係の異性の友人がいない者は、精神的に「病みやすい」傾向があり、特に人間関係に悪影響が出やすいのだそうです。 この世に男と女しかいないのに、女性とは良い人間関係を築けない時点で、この世の半分の人間と良い関係を築けない事になる。そして私は、女性次第で精神状態が極端に変わるので、昨日紹介してくれた女性と付き合うか付き合わないかは別にして、もっと「女慣れ」する事で、気に入った女性と出会ったらば、自然と交際できるようにならなければならない。 中高生、遅くとも20歳前後迄にそういった体験を積んでいるのが普通であるのに、私はそういった事が全く出来ていなかったのだから、これから急いで「学習」する必要がある。 もしもこれを疎かにしていると、今後壁にぶつかった際、精神的脆さを抱えている私はとても乗り切れないのだそうです。 おまけに身なりに気を遣わない私は「第一印象」が非常に悪く、「きっかけ」の段階で既にチャンスを失っているから、昨日紹介してくれたアパレル関係の年上の女性は、私に「うってつけ」なのだとも言われました。

 言われてみれば、精神的に弱く、仕事面で成長するに従って「自信」を付けてきたので、その弱さをカバー出来ていましたが、K.O.ちゃんに振られた事でこれほど落ち込むのは、精神的に脆い証拠だと妙に納得させられました。

 その数日後、先日一緒に喫茶店に行った女性と、再度同じ喫茶店に行きました。残念ながら、これといった楽しい話題がある訳でもなく、彼女が投げかけた質問に答えだけの「面接」みたいな時間が流れ、閉店時間と共に終了となりました。

 帰路、自分はなんて面白味に欠けた男なんだろうと、気が滅入ってしまいました。 あの女性もK.A.先生に勧められたから一緒に喫茶店へ行ってくれたけれど、きっと詰まらなかっただろうな。 K.A.先生立って私を成長させる為にあれこれと考えて下さっているのに、それに全く応えられない。 そう考えると、申し訳ないやら、情けないやら、やり切れない思いで胸が一杯になってしまいました。

 その後、この女性は私の事で、K.A.先生と話しをしたそうです。 そして先ず、もうちょっと身だしなみに気をつけて欲しい。 特に手が汚れていて、その中でも爪が黒いのが気になったのだそうです。
 手が汚れているのは私も分かっていますが、「感覚」を重要視して仕事をしていた私は、よほどの事がない限り手袋を用いませんでした。 補修工事では「見えない」場所を「手探り」しながらの作業が非常に多かったですし、埃まみれになる事も珍しくありませんでした。 又、トタン板を必要な形に加工する為に、板を切断し、折り曲げてゆきますが、どうしても「鋏」を入れて切断しないと加工できない部分が生じ、その部分を「半田」や「コーキング剤」で「目止め」しないと雨水が漏れてしまいます。 昔は「半田」を多用していましたが、現在では材料の多様化や作業性などから「コーキング剤」が主流になっています。 このコーキング剤が手につくと、洗っても簡単には落ちません。 特に爪に入ってしまうと、「洗う」のではなく「ほじくる」事を何度も繰り返さないと取れません。 見た目はよくありませんが、この仕事で食っている以上、綺麗な手にする為に仕事の能率や感覚を犠牲にする気はありませんでした。
 K.A.先生には出来る限り気を付けるけれど、サラリーマンのような手を望むのであれば、私はその女性と交際する事が出来ないと伝えました。 いくら人並みに女性を口説く事が出来ない「奥手」な私でも、手の汚れない「新しい仕事」で一人前になるよりは、新しい女性を見つける方が何とかできそうな気がしたのです。


 関連記事 「いつまでも腐っているな!」 「お姉様」

2011年3月6日日曜日

お姉様 (トラウマ)

 その女性と話が終わると、K.A.先生は私の方に近付き、

 「おい、今、△△さんと話を付けてやったから、お茶でもしてこい。」

 「はぁ〜っ !?」

 「はぁ〜じゃない、鈍い奴だな。 お前の為に、デートの話をまとめてやったんだ。 お前好みの美人だろう!

 そう言われて振り返ると、確かにきれいな女性でした。 よく考えたらその女性とは、組になって行うトレーニングを何度も一緒にやっていますし、トレーニング中に話をした事もありました。 でも、美人だなと意識したのは、この時が初めてでした。 頭の中はK.O.ちゃんの事で一杯で、他の人が全く目に入っていなかったようです。 こんな美人に気が付かないなんて、何て失礼な奴なんだろうと、イタリア人的発想が頭をよぎりました。

 「四谷まで行けば未だやってる店があるから、ちょっとお茶でもして来い。」

 「えっ、いきなりですか?」

 「いきなりも何もあるか! せっかく今、話を付けたのに、今行かないでどうする! 後にしたら、気が変わるかも知れないんだぞ!」

 「行って、何話せばいいんですか?」

 「又、そんなな事言ってる。 いいか、お前は直ぐこの先、もう1つ超えなきゃならない大きな壁にぶち当たるんだ。 その時、超えられるかどうかは、女にかかっているんだ。 でも、今のお前じゃ、まともな女は相手にしてくれないだろう。 お前みたいに自分から何も出来ない奴は、姉さん女房の方がいいんだ。 彼女は丁度、2つ年上だし、おまえ好みの目がぱっちりした美人だろう。 それにアパレル関係だから、服装に全く無頓着なお前は少し教えて貰った方がいい。 いくら何でも今のままじゃあ、人の上に立ったらみっともないだろう。 とにかく、男と女はどういうものか、暫く、お姉様に教えて貰え、分かったか!」

 「で、何を話したらいいんですか?」

 「全く、お前はうちに来て、何をして来たんだ。 馬鹿でどうしようもなかったのが、食べ物変えて、考え方変えて、親父から仕事を教わって、親父を超えたから腕のいい職人にも見込まれたんだろう! これから人の使い方を覚えて、自分が親方になって仕事をしていくんだろう! 何度も同じ事を言わせるな! さっさと行ってこい。」


 K.A.先生のやる事はいつも唐突です。 

 「人は常に変化する環境に適応してゆく事で進化してきたのだから、対応出来ない奴は絶滅するだけだ。」

 いつもそう口にしていました。 そして、私もそのようにして来たつもりでしたが、女性の事だけは全く対応出来ずにただおたおたしているだけでしたから、このまま放っておけば間違いなく「絶滅種」になってしまいます。
 追い立てられて四谷にある喫茶店まで行きましたが、自分から話題を切り出す事は殆どできず、聞かれた事に答えているだけでした。 ただ、強く「意識」していた訳ではないので、K.O.ちゃんの時のように緊張しっぱなしではなかったからだと思いますが、胸が苦しくなる事はありませんでした。
 向かい合って座り、改めて見ると、目がぱっちりしていて服装のセンスもいいし、とても落ち着いた「大人」の雰囲気を漂わせた女性でした。 気取った所もなく、「さりげなさ」を持っています。 ですがこの時、私の頭の中からK.O.ちゃんを消す事が出来ませんでした。 元々女性と話をするのが苦手な上、K.O.ちゃんの事を考えているから「上の空」な訳ですから、この女性にとっては詰まらない話し相手だったと思います。


 関連記事 「いつまでも腐っているな!」

2011年3月5日土曜日

いつまでも腐っているな! (トラウマ)

 実は、K.O.ちゃんの事をブログを書いているうちに気が付いたのですが、私はかなりこの出来事にこだわっていたようです。 振られた事以上に、自分が好きな女性に嫌われるような「非常識」な振る舞いをした事に対する「後悔」の念が強いようで、この時を振り返って書く事を拒否する自分がいるのです。 こういった過去の「こだわり」を1つ1つ虱潰しに見つけ出し、敢えてブログに書き綴りながら葬り去る事が、このブログを書いている大きな目的の1つなのですから、それはそれで嬉しい事ではあります。 ですが、内面の抵抗が非常に強く、いくらパソコンに向かっても、他の事ばかり思い出したり考えてしまい、入力作業に集中できないのです。 仕方なく「タイの日常生活」も同時進行させて、自分をなだめすかしながら書いていますが、 ここまで強い「こだわり」を持っていた事は自分でも驚きです。 多分、探せばこのような自分で気付かない「こだわり」「わだかまり」「執着」などはまだまだあるはずです。 そんな事の1つ1つが、私の心に強い制限をかけていた事を改めて認識しました。

 さて、「非常識」と言われた落ち込んでいた私ですが、もし他人が同じような行動をとっていれば、その人の事を「非常識」だと感じたはずです。 他人を振りを見れば気付いても自分の事だと気付かず、常に冷静に自分を見詰められない事、キャパシティーが小さい事、それらはS.S.に片思いをしていた時、ずっと感じていた事でした。 仕事の面では何とか成長して、自分に自信も付き始めたにも拘わらず、人間的には殆ど成長出来ていなかった事を象徴した出来事と感じたのです。 そして恐らく、やっと得た「自信」を再び失いたくない、という思いが、無意識のうちにこの時の事を「見てみない振り」してしまったのかも知れません。 私はそれだけ、精神的に脆い面があったのです。

 落ち込んだ日々を送っていたある日、足の親指の肉と爪の境が化膿して、歩くと痛みを感じるようになりました。 それを見てK.A.先生は、
「言わんこっちゃない! いつまでも腐っているから、身体も腐ってきたじゃないか! いつまでもうじうじしてるな! いいか、斜向かいのビルの植え込みにツワブキが植わっているだろう。 あの葉っぱを何枚か貰って、よく洗って来い。」
何の為か分かりませんが、取り合えず言われた通り葉っぱを摘んできました。 1枚手に取るとライターで炙り、しんなりすると、患部に貼りつけました。 何でも化膿止めに効果のある方法だそうです。 K.A.先生はJA研究所のを立ち上げた頃、「野草の会」を主催し、山に入って野草やキノコを採って、皆で山菜料理を食べながら、薬草になるもの、毒になるもの、幻覚性のあるものの違いを実物を使って教えていた事があるそうで、こういった事には非常に詳しい人でした。 実際、この時の化膿はこの方法で簡単に治まりました。


 それから数日後、K.A.先生はトレーニングに来ていた女性に私の事を説明していました。 最初は馬鹿でどうしようもなく、親父の仕事を馬鹿にしていたけれど、いざ真面目にやってみると馬鹿にしていた親父のやることすら出来なかった。 何をどうやって学んでいいのか分からないから、うちに通いながら1つ1つ指導しているうちに1つ1つ技術を身に付け出して、訓練校の卒業制作では全国一の賞を取り、腕のいい職人に見込まれて仕事を任されるだけになり、これから人の使い方を覚えようとしている所だ。 やり方では未だ伸びてゆく。 ただ、どうも女に弱くて、女の事で舞い上がったり、落ち込んだりと浮沈が激しいから、扱い方次第で良くも悪くもなる。 そんな話でした。 これまでもたまに、そんな事を面白可笑しく人に説明することがありましたし、トレーニングの成果の実例として使われるのであれば、ちょっとは誇らしい気持ちにもなります。 でもこの時、そんな事はどうでも良く、ただ「K.O.ちゃんにもう1度会いたいな」とぼんやり考えていました。

関連記事

 K.O.ちゃん  「抜き足 差し足 忍び足 1」 「一皮も二皮も剥けました」 「この胸の苦しみ」
            「きっかけ」 「待ち伏せ」 「シースルー」 「非常識」
 ツワブキ (Wikipedia)

2011年3月4日金曜日

C.P.君 4 (タイの日常生活)


翌週の月曜日、昼食時に彼と食堂で会いました。 私はいつものように経理課長と一緒に食事をしていると、
「ちょっと相談したい事があるから、食事が終わったら、話を聞いてくれないですか?」
この経理課長は年齢がまだ32歳ですが、タイ人からは非常に信頼を置かれている秀逸な人材です。 タイ仏教に対する理解も深く、精神的に追い詰められた約2年半前、自分ではどうにもならなくなったときに私が相談したのも彼でした。 今でもタイ上座仏教に関する事で分からない事がある時は、まず最初に彼に尋ねます。
食後、C.P.君が経理課長に見せたA4用紙は

 「新車の見積書」

 でした。
「ずっと、買い換えようと思ってたんですよ。 5年払いだと、利子はどれ位になるんですか?」
私は思わず耳を疑いました。 先週、「借金が返せない」事が悩みの種だと訴えていたにも拘わらず、土日に自動車販売ディーラーに行って見積を取ってきたようです。
「どうでもいいけど、支払の終わってない自動車は、何処に『寄進』しても受け取ってくれないはずだぞ。 5年ローンじゃ、払い終わったときには立派な中古車だし。」
私は尋ねました。
「寄進するんじゃないですよ。 自分が使う為に買うんですよ。 前からホンダが欲しくて、ずっと悩んでたんだけれど、思い切って買う事に決めたんです。
 悩んでいてもしょうがないですからね。」



 「悩んでいてもしょうがない」のではなく、
「しょうがない事を悩んでいたんだろ。」

  と思いましたが、私は口には出しませんでした。 彼は更に、こう言いました。
「ホンダは燃費がいいから、ガソリン代も節約できるし。」
 
 「ガソリン代の節約」より、
「出費を抑えるべきだ」

 と思いましたが、やはり口には出しませんでした。
書類を見ると、利子計算だってされています。
「そこに書いてある通りだよ。」
「他に、何か払う必要のあるものありますか?」
「あとは自動車登録税が別に必要なくらいだよ。」
「そうか、やっと新車が買えるんだな。 来月、早速、契約だ。」
そう言って彼は喜び勇んでその場を離れてゆきました。
「先週、借金が返せないって、副社長に泣いて訴えていたんだよね、彼?」
「私も奴が何考えているのか、さっぱり分からないです。 口をきくのも嫌になっちゃって。」
人の良い経理課長が珍しくちょっと立腹気味に呆れています。
でも、新車を購入した事で、少しは別れた彼女の事を忘れられるなら、彼にとって、それはそれでいい事なのかも知れない、そう考えました。
タイの会社は何処でもそうですが、仕事中、上司の目を盗んでネットサーフィンやメールをして遊んでいる者がたくさんいます。 私もその1 人です。 ある日、FacebookでC.P.君のウォールを見たら、別れた彼女に向かって、

 「今でも、あなたの事を想っています。」

 「あなたの事を考えると、今でも胸が苦しいです。」

 「どうか幸せになって下さい。 今はそれだけです。」

 「思い出をありがとう。」

そんな事を毎日のように書き綴っています。 最初は

 「まだ、忘れられないんだな。」

そう思いながら黙って見ていました。 でも、1ヶ月経っても、2ヶ月経っても相変わらずそんな事を書き続けている彼に、

 「オイ、見苦しいから、その辺にしとけよ。 自分で自分の傷口広げても仕方ないだろう」

そう感じました。

最近では元彼女への直接的なメッセージはなくなりましたし、毎日のように更新していませんが、それでも「愛」がどうだの、「恋」はどういうものだの、まるで

「愛のメッセンジャー」

みたいな投稿をたまにしています。



 タイには、こんなよく分からない男がたくさんいます。

関連記事 「C.P.君 1」 「C.P.君 2」 「C.P.君 3」

2011年3月3日木曜日

C.P.君 3 (タイの日常生活)

 「だから、退社したら収入がなくて、借金の返済もできないだろう? まさか借金を踏み倒してお坊さんになるつもりじゃないだろうな?」

  「いえ、そんなつもりは全くありません。 返すものはちゃんと返してから出家したいんです。」

  「じゃあ、直ぐには出家できないだろう。」

  「それはそうなんですけれど・・・ でもお寺じゃなくて「研鑽所」で『お釈迦様の教え』を守りながら生活する事は出来ます。」

  私がたまにブログの記事で紹介する「小さなお寺」とは正式にお寺としての登録はされていません。 日本語訳をすれば『仏法研鑽所』といった感じでしょうか。 彼はそこの尼僧(適切な日本語訳が見つからないので「尼僧」という訳語を使用していますが、正確には「尼僧」ではありません。 その辺は又後日、詳しく書いてゆこうと思っています。)と連絡を取り、そこで生活させて貰うようにお願いしておいたようです。

  「だから、そこで生活していたら、収入はあるのかい?」

  「いえ、ありません。 だから困っているんです。」

  「収入がなくて困るなら『働く』しかないだろう? お金は勝手に湧いては来ないんだから。」

  「その通りです。 
  でも、私は死んだも同然なのです。
  死人は働けません。」

  「でも、死人だったら『去勢』しても何の問題もないんじゃないか?」
  
  「いえ、それは駄目です。 例え死んでも『去勢』だけは嫌です。」

  「何で嫌なんだ? 煩悩が1つ消えるから、『仏の道』に集中できるじゃないか。」

  「仰る事はもっともです。 私は『仏の道』を歩みます。 でも、「去勢」だけは勘弁して下さい。」

  副社長は、彼のような男が、女なしで半年と生きてゆけない事を知っていますし、C.P.君も「本能的」に自分の事を理解しているようです。 ただ、彼女に振られたショックが大きくて、どうしても事実を認められないようです。

  「結局、どうしたいんだ? 借金返すなら働く、借金返せないけれどどうしても出家したいなら『去勢』する、どちらか好きな方を選べ。」


  「『去勢』だけは嫌です。」

  頭が混乱しているのでしょう、いつもは饒舌な C.P.君のボキャブラリーが、今日はとても貧困です。

  「じゃあ、働くんだな。 3ヶ月続けてみよう。 それでどうしても辛かったら、又その時話し合おう。 それでいいな。」

  「でも、私は働く気力がないんです。」

  「別に、お前の仕事は大変じゃないだろう。 何しているんだ?」

  「○○と△△と、××です。」

  「全部、自分でやる仕事じゃなくて、部下がする仕事だろう。
  今までだってどうせ大した仕事はしてなかったじゃないか。」

  「ええ、仕事は楽です。 問題はやる気がない事だけです。」

  彼は、自分がまずい事を口走っている事に気付いていません。

  「暫くすれば、その気力は回復するから、3ヶ月だ、いいな、3ヶ月働いてみろ。」

  「はい。」

  取り敢えず、彼は納得し、働き続ける事になりました。 確か、木曜日の午後の出来事です。
  副社長は笑いながら、
  「全く、子供と一緒だよな。 まあ、可愛いって言えば可愛い奴だよ。 今まで振る側だったけど、振られて初めて辛さが分かったみたいだな。 それだけ夢中だったんだろう。 暫く、様子見てやってくれな。 まだ、どうなるか分からないから。」
  と言うので、気にはしていたのですが、翌日の金曜日は1日中営業所で働いていたのでしょう、彼の顔を見る事はありませんでした。 




関連記事 「C.P.君 1」 「C.P.君 2」

2011年3月2日水曜日

C.P.君 2 (タイの日常生活)

それから約1時間後、私は副社長に呼ばれました。 副社長の席の前には、眼を赤くして涙を浮かべたC.P.君が座っています。


 「もう、何もしたくないんです。 俺の人生はこれで終わりなんです。」


 力ない声でそうつぶやいていました。 副社長はタイ語が分かりますから、既に話を始めていたのです。


 「彼女に振られたから仕事を辞めたいって言ってるんだ。 そんな事は生きていれば当たり前にある事だから、3ヶ月は続けろって言ったところなんだ。」

 「もう、働く気力なんてありません。 『出家』して、残りの生涯を仏教の為に捧げたいと思っています。」

 「じゃあ、残っている『借金』はどうするつもりなんだ?」


 「そうなんですよ。 借金返す為にも働かなくちゃいけないんですけれど、私はもう駄目なんです。 働けないんです。」

 確か彼は、国から奨学金を借りて大学を卒業したと聞いた事があります。 出家を理由に「チャラ」にしようと考えていたのかも知れません。

 「借りたものや金を返すのは、当たり前の事だろう。 その当たり前の事も出来ずに『出家』して、坊さんになったら人に説法するつもりか? そんな事はいくら何でも許さないぞ。」

 「いいえ、借りたお金はちゃんと返そうと思っています。」

 「働かないでどうやって返すつもりだ?」

 「そこが問題なんです。 どうしたらいいか、よく分からないんです。
  こんな事なら借金しなければよかったです。」


 「だからさっきから言ってるだろう? あと3ヶ月だけ働いてみろって。 それでも未だ仕事を続けたくないなら、もう一度話し合おうって。」
 
  「でも、会社にいると、嫌でも彼女と顔を合わせます。 その度に死にたくなるほど辛くなるんです。 お願いだから会社を辞めさせて下さい。 『出家』させて下さい。」


 「そんなに『出家』がしたいのか?」


 「生きていても何の価値もないこの人生を、
 『仏教』に捧げ、」 
 残りの人生は『お釈迦様の教え』に沿って生きてゆこうと思っているんです。」


 「一生なのか?」


 「ええ、一生です。 もう、女なんて懲り懲りです。 女とは無縁の人生を送りたいのです。 『出家』すれば女とは無縁ですし、『お釈迦様の教え』に忠実に生きて行けます。」


 戒律の厳しいタイ上座仏教では、僧侶は結婚どころか女性に触れる事さえ禁止されています。 もしも僧籍のあるものが、日本のように飲み屋で女の子とカラオケでも歌っていたら、僧籍の剥奪どころか、法律でも厳しく処罰されます。


 「まだ若いんだから、この先、いくらでもいい子に出逢うチャンスはあるだろう?」


 「いえ、あの子は私の人生で最後の女性です。 金輪際、女を作る気はありません。 出家したら、そんな事、できる訳ありませんし。」


 俯き、涙をこぼしながら、C.P.君は必死に訴えています。 そんな彼に副社長は、


 「そうか、じゃあ『去勢』しろよ。
費用は俺が全部出してやるから。
 何なら借金も払ってやろうか? それなら会社辞めて出家しても何も言わないよ。」


 タイは性転換手術が盛んです。 形成技術がかなり進み、よく見ても生まれつきの女性器か、形成手術で造形したものか区別が付かないそうです。 もし『去勢』だけなら更に安い費用で行ってくれるはずです。


 「いえ、それは勘弁して下さい。」


 「何でだ? 悪い話じゃないだろう? それに女は要らないんだろ?」


 「ええ、要りません。 でも、『去勢』だけは嫌です。」


 「だって、生涯『出家』するんだから、一生セックス出来ないんだろ。 要らないじゃないか。」


 「要らないけれど、『去勢』だけは嫌です。」


 「費用も全て払っててやるし、借金もチャラにしてやるんだぞ。 何の迷いもなく、人生を『仏教』に捧げられるじゃないか。」


 「ありがとうございます。 借金が無くなるのも、『仏教』に人生を捧げるのも嬉しいのですが、『去勢』だけはしたくありません。 お願いですから、退社させて下さい。」


 当人は必死に訴えているのですが、端から見ると、C.P.君の頭の中は多少混乱しているようです。


関連記事 「C.P.君 1」

2011年3月1日火曜日

C.P.君 1 (タイの日常生活)

私はある派遣会社の社員です。 そして、派遣先の会社には女たらしのC.P.君がいます。 飽きっぽいのでしょうか、次から次へと新しい彼女を作ります。 困った事に、供給先が勤務先のみなので、振られた子はいたたまれなくなるのでしょうか、先ず間違いなく辞めてゆきます。 副社長曰く、
「あいつが手を出した子は必ずと言っていいほど辞めちゃうんだけれど、どういう訳か仕事が出来る子が好きなんだよな。 あいつのお陰で、うちはどれだけ優秀な人材を失ったか。 正直言えば、あいつが辞めてくれた方が会社の為なんだけどな。」

彼は、経験年数の割に仕事が出来ません。 特に書類作成はからっきし駄目で、いつも周りにいる女の子に頼んで作ってもらい、その場を誤魔化しています。 もしかしたら、それがきっかけで付き合い始めた子がいるかも知れません。 別にC.P.君に限らず、タイの男は全般的に書類が苦手です。 工場を見ていても、真面目な女の子の中で、仕事を理解していて書類を書く事を厭わない子がグループリーダー、チームリーダーと昇進してゆくケースがとても多いのです。

約3年前になりますが、この派遣先の企業に2人の女の子が「企業実地研修生」として経理課に送られて来た事がありました。 2人とも学生でありながら実務をてきぱきとこなし、経理課長や副社長がその優秀さに驚いていた事がありました。 その約半年後には、「卒業論文」として、2人がそれぞれこの時の研修内容をまとめたものを送ってきました。 一人は会計ソフトに各部署から送られてきたデータを入力していましたが、その使い方をまとめた項目は、ソフト会社の「取扱説明書」に引けを取らないほど分かりやすくまとめてありました。

そして、その約半年後、研修から1年後になりますが、2人とも「正社員」として採用が決まりました。 ある程度勝手が分かっているので、即戦力として採用初日から仕事を任されていました。
副社長によれば、細身でおっとりしている子の方が、一見のんびりしているようだけれども処理能力は高く、2〜3年経験を積めば、現在勤めている実務経験が10年以上ある社員の能力を超えるのは間違いないだろうとの事です。

C.P.君は2年ほど前に新卒採用された優秀な人材のうち、「より仕事が出来る方」と付き合い出しました。 副社長もさすがに今回は頭を抱えました。
「あ〜あ、せっかく若い『逸材』が入ってきたのに、又C.P.に捨てられて、辞めちゃうんだろうな。 かわいそうに。 あれだけの子、いくら探したって、そうそういないんだけれどな〜。」

C.P.君、私、そしてC.P.と付き合っている女の子は3人とも社員寮の同じ階に住んでいて、女の子は私の部屋の斜め前です。 5時に仕事が終わり、10〜15分後には寮に戻っています。 6時頃になると、毎日のようにその斜め向かいの部屋から美味しそうな食事の匂いがしていました。 香辛料を多用するタイ料理は、窓とドアを開け放ち、扇風機を回さないと部屋に匂いがこもってしまいます。その匂いが私の部屋まで届くのです。 何かの用で部屋を出ると、ドアを開け放っているその子の部屋には決まって C.P.君がふんぞり返り気味に寝そべりながら、食事が出来るのを待っていました。 見るからに「いい身分」です。 

C.P.君は近くの営業所で働いており、週に2〜3回、事務所に顔を出していましたから、寮以外で顔を合わす機会は少なかったのですが、その日の昼食時、食堂で一緒になりました。

「これから副社長に、大事な決意を伝えるから、通訳お願いします。 副社長に分かって貰えるように上手く『説明して』下さいね。」

と、いつになく真剣な顔をしています。
「俺の仕事だから『通訳』はするけれど、お前が『説明』しなけりゃ始まらないよ。 俺は事情が分からないから、説明のしようがないし・・・」
「そうそう、それでいいんです。 ぜひ、説明をお願いしますよ。」
と分かったような分からないような返事が返ってきました。