2011年3月2日水曜日

C.P.君 2 (タイの日常生活)

それから約1時間後、私は副社長に呼ばれました。 副社長の席の前には、眼を赤くして涙を浮かべたC.P.君が座っています。


 「もう、何もしたくないんです。 俺の人生はこれで終わりなんです。


 力ない声でそうつぶやいていました。 副社長はタイ語が分かりますから、既に話を始めていたのです。


 「彼女に振られたから仕事を辞めたいって言ってるんだ。 そんな事は生きていれば当たり前にある事だから、3ヶ月は続けろって言ったところなんだ。」

 「もう、働く気力なんてありません。 『出家』して、残りの生涯を仏教の為に捧げたいと思っています。」

 「じゃあ、残っている『借金』はどうするつもりなんだ?」


 「そうなんですよ。 借金返す為にも働かなくちゃいけないんですけれど、私はもう駄目なんです。 働けないんです。」

 確か彼は、国から奨学金を借りて大学を卒業したと聞いた事があります。 出家を理由に「チャラ」にしようと考えていたのかも知れません。

 「借りたものや金を返すのは、当たり前の事だろう。 その当たり前の事も出来ずに『出家』して、坊さんになったら人に説法するつもりか? そんな事はいくら何でも許さないぞ。」

 「いいえ、借りたお金はちゃんと返そうと思っています。」

 「働かないでどうやって返すつもりだ?」

 「そこが問題なんです。 どうしたらいいか、よく分からないんです。
  こんな事なら借金しなければよかったです。」


 「だからさっきから言ってるだろう? あと3ヶ月だけ働いてみろって。 それでも未だ仕事を続けたくないなら、もう一度話し合おうって。」
 
  「でも、会社にいると、嫌でも彼女と顔を合わせます。 その度に死にたくなるほど辛くなるんです。 お願いだから会社を辞めさせて下さい。 『出家』させて下さい。


 「そんなに『出家』がしたいのか?


 「生きていても何の価値もないこの人生を、
 『仏教』に捧げ 
 残りの人生は『お釈迦様の教え』に沿って生きてゆこうと思っているんです。」


 「一生なのか?


 「ええ、一生です。 もう、女なんて懲り懲りです。 女とは無縁の人生を送りたいのです。 『出家』すれば女とは無縁ですし、『お釈迦様の教え』に忠実に生きて行けます。


 戒律の厳しいタイ上座仏教では、僧侶は結婚どころか女性に触れる事さえ禁止されています。 もしも僧籍のあるものが、日本のように飲み屋で女の子とカラオケでも歌っていたら、僧籍の剥奪どころか、法律でも厳しく処罰されます。


 「まだ若いんだから、この先、いくらでもいい子に出逢うチャンスはあるだろう?


 「いえ、あの子は私の人生で最後の女性です。 金輪際、女を作る気はありません。 出家したら、そんな事、できる訳ありませんし。


 俯き、涙をこぼしながら、C.P.君は必死に訴えています。 そんな彼に副社長は、


 「そうか、じゃあ『去勢』しろよ。
費用俺が全部出してやるから。
 何なら借金も払ってやろうか? それなら会社辞めて出家しても何も言わないよ。


 タイは性転換手術が盛んです。 形成技術がかなり進み、よく見ても生まれつきの女性器か、形成手術で造形したものか区別が付かないそうです。 もし『去勢』だけなら更に安い費用で行ってくれるはずです。


 「いえ、それは勘弁して下さい。


 「何でだ? 悪い話じゃないだろう? それに女は要らないんだろ?


 「ええ、要りません。 でも、『去勢』だけは嫌です。


 「だって、生涯『出家』するんだから、一生セックス出来ないんだろ。 要らないじゃないか。


 「要らないけれど、『去勢』だけは嫌です。


 「費用も全て払っててやるし、借金もチャラにしてやるんだぞ。 何の迷いもなく、人生を『仏教』に捧げられるじゃないか。


 「ありがとうございます。 借金が無くなるのも、『仏教』に人生を捧げるのも嬉しいのですが、『去勢』だけはしたくありません。 お願いですから、退社させて下さい。


 当人は必死に訴えているのですが、端から見ると、C.P.君の頭の中は多少混乱しているようです。


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