それ以外の僅かに思い出す母の顔は、どれもどことなくもの悲しげなものばかりでした。 セミナー受講まで母の笑顔の記憶がないことに気が付かなかった事自体もおかしいと思いますし、記憶にある母の表情が怒っているときのヒステリックに引きつった顔と、真っ黒に塗りつぶされた笑顔、そしてもの悲しげな顔しかないという事も異常な事だと思います。 こんな記憶しかない私は一体何なのだろう? とほとほと嫌になってきます。 でも他の表情はどうしても思い出せないのです。 まるでオカルト映画のようで気分のいいものではありません。
何故記憶の一部が削り落とされているのかはっきりと分かりませんが、恐らく幼少期に母の顔に何かを見たのでしょう。 見たくないものだったので記憶から消去してしまったか、ちょっとやそっとでは掘り出せない奥深くに仕舞い込んでしまったとしか考えられないのです。
最初に思いつくことはやはり母の台所仕事です。 当時は6畳一間のアパート住まいでしたから、奥まった台所には小さい流しとコンロが一つであるだけで、食事支度をしている間は振り返らない限り母の後ろ姿しか見えません。 「大嫌いだ」 「死んじまえ」 「糞婆ぁ」と、祖母に対する恨みを口にしながら料理をしているときの母は、子供心にも近づき難いものがあったことはよく覚えています。
確かに祖母は決して性格のいい人間ではありませんでした。 田舎に遊びに行っても、「よく来たな」と言ってくれるのは最初だけで、後は「本当に憎っくらしいよ」 「さっさと帰っちまいな」 「もう二度と来るないな」 「ほんとにどうしようもねえ~よ~」と、 口をついて出てくる言葉は「文句」「悪口」「愚痴」ばかりでした。 私はいたずらっ子でしたから怒られるのは仕方ありませんが、祖母の口から「おばあちゃん」らしい優しい言葉をかけてもらった記憶は余りありません。
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