私がP.S.さんの元での仕事に嫌気が差し出した原因はP.S.さんの息子でした。 彼への不満は一緒に仕事を始めた直後からあり、半年も経たないうちにかなり高まっていました。 丁度そんな時期、シンガポールでの仕事をする数ヶ月前の事です。 P.S.さんの家から30分程離れた現場に天文台の仕事がありました。 いつもと違っていたのは「複合鋼板」と呼ばれる複数の異なった金属を張り合わせた新しい板金を用いての工事だった事です。 実はこの現場、天文台以外に、プラネタリウムの外装工事もあり、P.S.さんも見積を入れていました。 設計段階でその「複合鋼板」を用いる事が決まっていた為に、ステンレス鋼板メーカーと何度も話し合って、ギリギリの値段で出した見積もりでしたが、競合会社に落札されてしまいました。 噂では半値で見積が入っていたそうです。
その現場の天文台外装工事中、仕事の絡みもあって、そのプラネタリウムの外装工事業者と何度か話をしました。 親方が人見知りをするので、主に私が話をしていた為に結構親しくなりました。 天文台はプラネタリウムの屋根と比較すれば小さいものですから、工事は数日で終わり、現場を引き上げました。 ですが、いくつかの残工事があったので、後日、私が処理をしに行きました。 プラネタリウムの外装工事業者は未だ工事が終了しておらず、そこの社長Y.U.さんが私に話しかけてきました。
「あんな安く仕事を請け負っちゃ駄目だよ、安くすればするほど叩かれて、折角の技術が台無しだよ。 腕がいいのに勿体ないじゃなか。」
この業者がとても安く請け負ったと聞いていたので、私はちょっと戸惑いました。 ですが、この業者の話では、入札価格はP.S.さんの入れた額の2倍以上でした。 聞いていた話と逆なのです。
「そんな値段で請け負ったら、手間だって大して貰えないだろう? いくら貰っているんだ?」
「1万5千円です。」
「だろうな、どう計算しても、あんな安い見積もりを出していたら、それ以上の手間を出せる訳ないよな。 ずっと仕事を見ていたけれど、相当腕がいいじゃないか。 お前なら今の2倍の手間払うから、一緒にやらないかい?」
そう誘われました。 ですが、この業者の仕事は「お世辞にも上手いとは言えない」のレベルではありません。 呆れるような酷い仕事を堂々としているのです。 連絡先こそ貰いましたが、正直、この業者で働く気にはなれませんでした。 仕事を終えて戻り、お茶の時間に、見積価格の事をP.S.さんに話したのですが、
「そんな馬鹿な話があるか、何で役所の入札で、値段の高い方が落札するんだ? あの会社は材料を自社生産しているから、材料代を原価割れで入札下に違いない。 うちの2倍じゃなくて、うちが2倍の聞き間違いだろう!」
と、私が聞いてきた話の内容を認めず、普段は気の合わない親子が珍しく気を合わせ、私が聞き間違えた事にされてしまいました。 ですが後日、Y.U.さんから電話がかかってきた時にもう1度入札価格を確認しましたが、やはり親方の「勘違い」でした。 ずっと後になって分かった事ですが、この業者は「特殊建材」の開発が上手く、「設計事務所」を抱き込み、設計仕様にその「特殊建材」を指定させ、類似競合品が出ると「設計事務所」や「ゼネコン」が立ち会いで材料試験を行わせるのですが、そこは先発会社、いくつかの試験データ結果が抜きんでていたり、特許を申請中だったりして、ライバル会社を引っ込ませる駆け引きに長けているのです。
バブルも弾け、親方の倅が手伝うようになってからは日曜日の仕事も徐々に減っていたP.S.さんに対し、Y.U.さんの会社は未だに毎晩9時頃まで残業し、日曜日も仕事をしても間に合わないほど忙しい状態でした。 もし日曜日に仕事が休みだったら、Y.U.さんの所でアルバイトをさせてもらうようになりましたが、言った通りに1日3万円くれたので、私の気持ちも多少揺れました。 K.A.先生にY.U.さんから誘われている事を相談すると、仕事先を移るように勧められました。 「技術」も大事だけれど、それ以上に大事なのは「人の使い方」で、P.S.さんのような「職人気質」の元で働いていては肝腎な「人の使い方」がいつまでも覚えられない上、「馬鹿息子」をまともな職人に出来ないのだから、「人を育てる」事も出来ない人なはずだ。 そろそろ「自分でする」仕事ではなく、「人にさせる」仕事を覚えた方がいい時期に来ていると言われたのです。
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