このK.I.さんの勤める板金屋DSは1度、P.S.さんに鬼飾りを外注した事がありました。 寺社仏閣に取り付ける鬼飾りは、宮大工が彫刻した下地に、焼き鈍して柔らかくした銅板を、鏨を使って「打ち込み」、下地をそっくりくるむのです。 ところが外注に出した鬼飾りは6尺(約1.8m) 2台、4尺5寸(1.4m) 1台 ととても大きな物で、しかも周りに大きな樹がないことから、下地のない分軽い「ガラ」で加工した方がよいと言う事になり、「ガラ加工」の得意なP.S.さんに外注したのです。 高い屋根の上に上げても凹凸がはっきり見える「小田原式工法」を取り入れ、単純なデザインで凹凸を引き立たせた鬼飾りで、私も実物を見ましたが、壮観でした。
K.I.さんは、この鬼を引き取りに行った際に、P.S.さんの奥さんに会い、それ以来、「良くできた人」 「理想的な職人のおかみさん」とベタ褒めしていました。 奥さんが「悩みの種」で苦労している彼には、とても気さくで、細かい事など気にしない、「豪快」な性格であるP.S.さんの奥さんが羨ましかったのでしょう。 生まれは「かかあ天下と空っ風」で有名な上州だそうです。 もう家を出てしまいましたが、たまたま私と同い年の息子がいた事もあり、私はこの奥さんにとても良く面倒を見て貰いました。
そしてそのまま2年半ほど、P.S.さんの元で仕事を覚えました。 居着くなりP.S.さんを「親方」と呼び、「既成事実」にしてゆきました。 押しかけ女房が、家に入るなり男を「あなた」と呼んで夫婦であることを既成事実化させたい気持ちがよく分かったのはこの時です。
出だしこそ順調に思えましたが、何から何まで思い通りに事は運びません。 P.S.さんはとにかく気難しく、仕事への要求度が高いのです。 言われた事をこなせない訳ではありませんが、手が遅く、親方が考えている時間内に仕事を終える事ができなかったのです。 又、自分の判断に自信が持てないのでどうしても親方に聞いてしまいます。 1人前の職人ならその程度の事は自分で判断し、時間内にきちんと仕事を終了させるのは当たり前の事ですから、私はまだまだ「半人前」だったのです。
建築現場はもちろんですが、寿司職人であろうが、彫金職人であろうが、腕のいい職人に出逢うと「どうしたら仕事が早くなるのか」をなりふり構わず尋ねました。 腕のいい職人ほど笑いながら、
「そんな方法があれば誰も苦労しないよ。 毎日毎日、どうしたらもっといいものができるか、どうしたらもっと 早くできるか、それだけを考えて何年もやってりゃ、気が付いた時には出来るようになっているんだよ。」
そんな返事しか貰えませんでした。 人によっては、
「仕事が早いって事は、仕事をきちんと分かっているから無駄がないんだよ。 同じ人間なんだから、そんな大きな差なんてないよ。 あるとすればどこまで仕事を無駄なく効率よくできるかだよ。」
と答えてくれました。 今振り返ると、言われた事がよく分かります。 でも、この時は「今すぐに認められたい」という「焦り」に似た気持ちで一杯だったのです。
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