2010年11月12日金曜日

必ず解決します (世代間伝播)

そう言われてみればいつからでしょう、高校の頃はさほど意識していた記憶はありませんから、多分働き始めてからだと思いますが、親戚との「思い出」が何となく「薄暗い」のです。 別に日当たりの悪い北向きの狭いボロアパートに住んでいたとか、性格が「陰気」だとかいう訳ではないのですが、どこかに表現のしようがない「影」が付きまとっているのです。 祖父と祖母は再婚同士で、直接「血」が繫がっていないとは言え、父方にも母方にも「共通」している事なのです。 「もしかしたら先祖の問題が絡んでいるというこの話は、案外本当かも知れないぞ」と思ったが最後、U.S.さんの言葉を一概には否定できないような気になってきました。 それに確かめようはありませんが、セミナーに参加してこの問題に気付いた時から、これは「母と祖母」の代より以前から続いて来たはずだと、確信に近いものを持っていただけに、その思いは尚更強くなります。 U.S.さんは続けてこう言いました。
「この問題は必ず解決します。 最後まで決して諦めないで下さい。」
この一言はこの数ヶ月、自分の理解を超えた訳の分からない世界に振り回され続けていた私にとってはとても力強い励ましで、言葉では言い尽くせないほどホッとするものがありました。 更に続けて、
「ですがこの問題は人間界の力だけで解決することはできません。 Y.S.先生は人間界では最も力を持った方ですけれど、直接霊と話したり天に上げる事は得意ではないようですね。 これから私があなたの先祖を天に帰します。」
もうここまで言われると、驚くとか、否定するとか、あれこれ考えたり、力一杯引くなどのリアクションが全く取れないものです。 ただ呆気に取られて「はい」としか答えようがありませんでした。 まるでコミカル系オカルト映画の主人公にでもなったような気分です。

2010年11月11日木曜日

先祖 (世代間伝播)

暫くすると彼女は
「分かりました」
と言い、私に目を開けさせ、それから話を始めました。 その話は私にとって、にわかには信じ難いものでした。
「あなたは今、5代前の先祖、あなたのお祖母さんのお祖母さんに取り憑かれていまする。 その方は非常に苦しんで亡くなりました。 恐らく婦人科系の病気だと思います。 昔の掛軸に描いてあるような白装束で足が消えていて、ボサボサの長い髪に青ざめて「恨めしい」顔をした恐ろしい姿が見えたとき、私も子宮の辺りがすごく痛くなりましたから。 その苦しさを訴えたくてその方は自分の娘に憑いたそうです。 その娘は若くして亡くなってしまいました。 その娘の子があなたのお祖母さんです。 自分の娘が早くに亡くなったので、あなたの先祖は次にお祖母さんに憑きました。 苦痛を訴えたかったの誰にも理解してもらえず、代を追うごとにその苦しみは増してゆき、「怨念」へと変化してしいました。 お祖母さんだってそんな事情は分かるはずがありませんからかなり苦しんだのですよ。 そしてご先祖様はお祖母さんが生きている間にお母さんに取り憑きました。 あなたとあなたのお母さんの仲が悪くなったのはそれからです。 そして本来であればこの問題は、お母さんから妹さんへと受け継がれるはずだったのですが、もしそうなると「女性の怨念」が5代に渡って続いてしまい、とても解決のできない根の深いものになってしまいます。 この因縁の鎖を断ち切るのは女性には無理なのは分かりますよね。 ここでこの因縁を断ち切ることがあなたの今世の使命なのです。 だからあなたが、妹さんの代わりにお母さんの怨念を受けることになったのです。 あなたは一族にとっては「救世主」なんですよ。 名誉な事だと思って下さい。 そうだとは思いませんか、誰でもできる事ではないのですよ。」
その言葉に私は、「こんな苦しい思いをする名誉なんて欲しくない、ただ普通に暮らしたいだけなのに。」そんな思いしか湧いてきませんでした。

2010年11月10日水曜日

つい (世代間伝播)

「では何があったのかを聞かせて下さい。」
と言われたので、これまでの経緯を話しました。 20歳頃から母との折り合いがとても悪くなり、ヒステリックに干渉してくる事。 母がそばに来るとまるで脳味噌をかき回されるような激しい混乱を起こし、気が狂いそうになる事。 次第にエスカレートするヒステリックさに「取り殺される」と感じて家を出たこと。 半年ちょっと前から次第に感情の余韻が無くなってきたこと。 友人が紹介してくれた知人と電話で連絡を取ると、「このままでは危険だ」と感じてY.G.塾を紹介されたこと。 そのセミナーを受講して、母を異常なまでに恨み憎んでいる事に初めて気付いた事。 知人にたまたま「世代間伝播」の問題解決に取り組んでいる人がいた事。 この問題を抱えた人達と症状は似ているが、幼少期に「虐待」などの「トラウマ」となる具体的な事はされていない事。 一緒に遊んでくれたはずの母の笑顔を思い出せない事。 母も自分の母、つまり私の祖母を非常に恨み憎んでいる事。 妹とも仲が悪い事などを一つ一つ説明しました。 レジに近い為、店員の視線がありましたが、堪えきれずに何度も泣きじゃくってしまい、説明にはとても時間がかかりました。 その間彼女はずっと黙って私の訴えに耳を傾けていました。
一通り私の話が終わると、U.S.さんは
「あなたの「取り殺される」という言葉がこの問題をそのまま象徴しています。」
と答えました。 私は慌てて
「つい口をついて出た言葉ですからちょっと表現が大げさだったかも知れません。」
と返答しましたが、
「『つい』出た言葉だからこそ、本音が表現されているのです。 そして、あなたの抱えている問題の根の深さを物語っているのですよ。」
と畳み込まれました。 それから彼女は掌を上に向けて机の上に置き、その掌の上に私の掌を被せさせ、私に目を閉じるように言いました。 「何だかどこかのうさん臭い占い師みたいだな。」そんな思いが頭をよぎりました。

2010年11月9日火曜日

駅前通りの喫茶店 (世代間伝播)

駅から1分ほど歩くと広い喫茶店があるので、入って道路側の席で待って下さいと言われました。 いつもなら喫茶店で人と待ち合わせれば、漫画を読みながら時間をやり過ごすのですが、さすがにこの日はそんな気にはなれませんでした。 早く到着した分がそのまま待ち時間になった訳で、ただ窓の外を眺めながらU.S.さんがやってくるのを首を長くして待ちました。
この喫茶店は大きな窓を使用しているのでとても明るい店でした。 出入口の正反対、店の奥にレジがあり、壁を背にした照明は奥に行くに従って暗くなっているために大きな店内は実際以上に奥行きを感じさせます。 約束の時間よりちょっと遅れてU.S.さんがやってきました。 席について辺りを見回してから奥の席に移ろうと言いました。 地下鉄とは言え一応駅前通りに面した店ですから、道路に面した席はちょっと落ち着かないなと私も思っていた所でした。 周りの席に人がいなくなったので多少は気持ちを落ち着けることができました。
「本当は自宅の方が落ち着いて話せるのだけれど、まだここに引っ越してきたばかりで部屋の片付けもろくにできていないので、申し訳ないけれどここで我慢して下さいね。」
とU.S.さんが話しを切り出しました。
「私の方こそ、予定がころころ変わって済みませんでした。 今日はたまたま仕事が早く終わったので会う事ができましたけれど、昨日はまさか今日こうして会えるとは思ってもいませんでした。 残念だけどセミナー受講の後になるなと思ってましたから。」
「あら、私は最初から今日会えると思っていましたよ。」
K.A.先生もY.S.先生もそうでしたが、何かが「見えている」人にとっては起きる事が「必然」なのでしょう、物事をさらっと受け入れます。 彼女の話し方に私がお世話になった2人の先生と共通のものを無意識に見い出したから、訳も分からず近付いて会って貰う約束を取り付けたのかも知れません。

2010年11月8日月曜日

不思議なほどに「会いたい」 (世代間伝播)

できる事なら直ぐに会いたかったのですが、翌日の仕事がかなり手間取り遅くなってしまったのでそれは叶いませんでした。 その翌日、つまり4回目の真我開発講座受講前日の仕事の予定は、私の家から現場へ向かう方角とU.S.さんの自宅へ向かう方角が全く反対方向で、しかも遠方だったために電話で理由を告げてセミナー受講後に改めて約束をすることにしました。 ですがこの時、私はU.S.さんに会って欲しくて仕方がありませんでした。 彼女がどんな人物で何をしているのか、会って何をするのかなど、何一つ知らないにも拘わらずです。 1度しか会った事のない人に何故これほど会って欲しいと思うのか自分でも不思議なほどでした。
翌日の仕事は現場に到着するなり「がっくり」とさせられました。 他業者の先行作業が終了したと聞いていたので行ったのに、実際には殆ど何も終わっていなかったのです。 予定した作業の3分の1もこなせず、午後には現場を引き上げざるを得ませんでした。 中途半端な時間だったので2時間以上かけて会社に戻っても直ぐに仕事終了の時間になってしまいます。 親方から電話で「今日はこれで上がっていいよ、ご苦労様でした。」と直帰を言われたので、慌ててU.S.さんと連絡を取り、夕方会って貰う事になりました。 待ち合わせをした駅は歩いて20分程で会社に到着する最寄りの駅でした。 駅までの中間時点にアパートがあるのでシャワーを浴びに寄りましたし、事故がないように気をつけてバイクを運転したにも拘わらず、予定した時間よりずっと早く到着しました。 殆ど信号に引っかからなかったのです。 いつもなら気持ちよく走ったでしょうし、不思議にも感じた事でしょうけれど、この時私の頭の中はU.S.さんと会う事で一杯だったので、そんな事に気付いたのは駅について電話をかけると「あら、随分早く着いたのね。」と言われたからでした。

2010年11月7日日曜日

U.S.さんと会う約束 (世代間伝播)

その女性はいつからか常に身体のどこかに、大抵は掌からだそうですが数片の「プラチナ粉」が出るようになったそうです。 その話を聞くとY.S.先生は、
「僕も出るよ。 この仕事をするって決めた頃は、掌から腕一面に隙間なく『ブワーッ』っと出た事もあったよ。」
「そんなに出たんですか ?」
「うん、そんな話をすると真我からずれちゃうし、ただでさえオカルトとか宗教と勘違いされるから普段は言わないけれど、本当はそういう不思議な経験は一杯あるよ。」
「神託」を受けたり、「聖人の生まれ変わり」だと自称する新興宗教の教祖の中にはこういった現象を「売り」にする者が多々いるようですが、以前JA研究所のK.A.先生からそのからくりをいくつか教えて頂いた事があったので、私はこういった話を全て「眉唾」と疑って聞く週間がついていました。 例えば殺陣役者が切られたときに血糊を吐く演出をする為に口に含む道具があるそうですが、G教団の先代教祖はこれに金粉を仕込み、クライマックスに達したときに信者の前で口角沫を飛ばしながら法話をすると、唾が金粉に代わり、「○○様は唾でも金の価値がある、ありがたや。」と信者を増やしたのだそうです。 その後継者である娘の著作物はSF作家を雇ったなどと言われてますが、その父の著作物も戦国武将「狸親父」の一生を描いた作家の「山O□八」をゴーストライターとして雇って書いたものなのだそうです。 K.A.先生は出版社に知人が多く、こういった裏話にも詳しい人でした。 ですがこの2人の会話からはどう聞いてもそういった嘘・まやかしは感じられませんでした。
「過去に何度か瞑想中に部屋のイメージが浮かんできたことがあったんです。 今日ここに来てびっくりしたんですよ、それがこの部屋なんです。」
「導かれたんだろうね、多分真我に目覚めなさいって言う事なんだろうと思うよ。 あなたの持っている不思議な力も、真我に目覚めたらもっと強くなるはずですよ。」
「そうですか、じゃあ、今はちょっと金銭的に厳しいですけれど、いずれそのうちお願いします。」
2人はかなり話し込んでいましたが、頭がボーッとしていたので覚えているのはこの程度です。 そして2人の話が終わると、私は無意識に彼女に近付き、気が付いたときには数日中に会ってもらう約束をしていました。 この女性はU.S.さんという名前でした。 

2010年11月6日土曜日

1人の女性 (世代間伝播)

セミナーが終了し、次のセミナーまでの日々は毎回苦しいものでした。 特に今回のように何ら方向性を見出せずに次の受講日まで過ごす時間は異常に長く感じます。 ただ救いは、Y.G.塾が頻繁に無料セミナーを開催してくれていたことです。 頭がボーッとしていますから話の内容など全くといっていいほど覚えておらず、ただY.S.先生の生の声を聞くだけですが、身体はかなり反応をしています。 いつも最初は胃に強い嘔吐感が現れ、「オエッ」っと何度も「空げろ」を繰り返します。 突然涙がこぼれて止まらなくなります。 感情も何かに揺り動かされているかのように不安に襲われ、恐怖感に怯え、悲しみに覆い尽くされ、罪悪感に苛まれ、無力感に打ちのめされてと激い変化を繰り返します。 それはセミナー中の反応とよく似ているように感じます。 Y.S.先生の声は真我を引き出すエネルギーがあるのだそうですから、こういった反応も「好転反応」や「ゴミ出し」と考えれば当然なのかも知れません。
今回参加した無料セミナーではそれらの反応が今までよりもずっと激しかったと思います。 Y.S.先生が講話中に私を例に挙げた事もあり、人目も憚らずに泣き出してしまう事が数回ありました。 それは確か4回目のセミナーを3日後に控えた6月下旬の事でした。
ここで私は不思議な女性に会いました。 その無料セミナーが終了した後、初参加した1人の女性が佐藤先生と会話しているのを少し離れた所からボーッと聞いていました。 何でもこれまでの人生で不思議な出来事がいくつもあり、いつしか何の説明を受けなくとも人の心の痛みを感じ取れるようになったそうです。又、Y.S.先生が私の話をしたときに、その女性は胃が指し込むように痛くなり、とても悲しくなったそうです。 その話を聞いたとき、私は自分でも「???」と思うほどその女性のことが気になり、2人の会話に耳を傾けました。